≪行事のお知らせ≫
毎朝7:00 晨朝勤行(おあさじ)
毎月28日13:30〜 宗祖聖人ご命日 定例同朋の会
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2008年11月02日

おみがきをしよう

11月になりました。だんだん寒くなってきましたね。皆さん風邪などひいて体調を崩されたりしていませんか?

さて、先日海津町内の第18組から報恩講を案内する新聞の折込チラシが各家庭に届けられたのも記憶に新しい今日この頃。そろそろ報恩講があちこちのお寺で、そして「おとりこし」といって各ご門徒のご家庭でも行われる頃になってきました。1年の中で1番重要な報恩講のお参りを是非多くの皆さんの手で勤め上げたいものです。1番重要な法要だからこそ、準備もそれだけ要るわけで、日ごろからご門徒様の温かいお力添えとその「みんなでやったろみゃーか!」という心意気には受ける寺院側の胸も熱くなるほど。

高須別院には直々の門徒がいないため一般の寺院と勝手が違い、難しい面もありますので、今回は海津市内のお寺に注目し報恩講の準備の様子をレポートします。

今回まずは「おみがき」です。
法要前に門徒の皆さんと一緒に数多くのお仏具を磨き、綺麗にし、法要本番に備えます。
(協力:第18組/大和田山 應聲寺)

おみがき (2).JPG
▲おみがき前。前回のおみがきから時間が経って、ツヤがない

11月1日(土)。19時からの集まりに先立ち、住職が内陣からお仏具を殆ど全て取り外しおみがきのために準備します。

時間になると続々と集まってくるご門徒の方々。磨くのに力がいることもあるので男性のお手伝いは頼もしいし、女性の方は丁寧にして下さるので有難いです。中には自分で専用洗剤を持ってこられる方も。今回は総勢17名でのおみがきとなりました。

ひとたび軍手をはめ、布を持って磨き始めたらさぁ作業開始。
お喋りは弾みますが、手が休むことはありません。

おみがき (3).JPG
▲左:磨く前/右:磨いた後

磨き続けると、始めは赤っぽかったのがかなり白く光ってきます。

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▲軍手をしないとこんなに手が真っ黒に

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おみがき (6).JPG
▲せっせせっせと作業が進みます

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▲一番力が強いと評される安田さん(写真左)は鶴亀担当なのだとか

ご近所の方ばかりですので話も余計に弾みます。

「2億でも当たったら俺が本堂バーンと建てたんに〜」
「あかんて、当たり過ぎても。そんなようけ当たったら殺されてまう時代やで」
「アハハハハ」
・・・というのは宝くじの話。(笑)
「いつかは一攫千金!」と思う男のロマンはいつまでも!?

おみがき (8).JPG
▲よし、あとちょっとやな!

開始して1時間ほど経ったでしょうか、そろそろお仏具の数も減ってきました。最後は女性陣が仕上げの磨きをして完成!

そして磨き終えたお仏具に目を見やると・・・目!!!!!

おみがき (9).JPG

わ〜っこんなにピッカピカ!ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)
見違えるほどに綺麗になりました。

おみがき.JPG
▲ピカピカの仏具に仕上げる女性陣

磨き終え、ピッカピカになったお仏具を見ると清清しくなりますね。

このお仏具を備え付け、大きな松に枝垂れ柳を取り付けた仏華に打敷で飾れば、本堂に入っただけでそれはそれは目が覚めたように立派なものになります。

さて、お磨きの後にも準備が必要なものはまだあります。
今度は「お華束」つくりがあり、餅つきなどして大変ですが、準備をしながら本番を待つのが楽しみになってきましたね。皆さんのお手継ぎのお寺さんではどうでしょうか?

それでは次回も準備の様子をレポート致します。
【海津のお寺の最新記事】
posted by 高須別院 at 16:59| 岐阜 晴れ| Comment(0) | 海津のお寺 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月25日

つるし柿を作る

つるし柿ぎんなんの落ちた9月から、10月は柿の収穫シーズンへ突入。
別院では、一子さんがせっせせっせと柿の皮を剥き、つるし柿(干し柿)の準備をしています。

渋柿を干して食べれば甘く頂けるというのは周知のことですが、一子さんは干す前にちょっと一工夫。なんと、柿を一度熱湯にくぐらすのだそうです。そうすることによって甘さが増すとのこと。

これまたおばあちゃんの知恵袋!最近別院に来られるミセスの方々が、一子さんの知恵を伺ってはしきりに「へぇ〜知らなかった!」と仰っているのを耳にします。(笑

こういう技は代々受け継いでいかなくちゃね!と思った今日なのでした。
posted by 高須別院 at 15:00| 岐阜 晴れ| Comment(0) | 今日のごぼさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月19日

納骨の手伝い

今日は午前中に納骨が1件ありました。
別院列座の森山さんの下、私はご遺骨の受付のお手伝いです。

ご遺族の方からお骨をお預かりし、大きな骨壷から、こちらで用意しておいた8センチ四方の桐箱にお骨を入るだけ移し変えます。

壷の蓋を開けると、真っ白なお骨。
箸でつまむと、ガサガサとかザクザクとか音を立て、桐箱にカランと何とも軽い音を立てて収まります。
「人間の最後は、こんなものか」と思わざるをえません。
どんな人でも、最後は8センチ四方の桐の箱に入るほど小さくなってしまうのですから、虚しさだけが残ります。

お骨を拾い上げると、それがどこの部位のものか判るものもありました。ふとつまんだお骨を見てみたら、それは故人の鼻の骨でした。「あっ」と思いました。私はこの方に生前中お会いしたことはありませんでしたので、どんな方だったかなど知る由もありません。しかし真っ白な鼻の骨を見たとき、初めて「確かにこの人は生きていたんだ!」と思わせて下さったのでした。

高須別院では、須弥壇収骨の模様をご遺族の方々にもご覧頂いております。多くのご遺骨に加わって収められる故人のお骨を見られて「良かったねぇ・・・」と仰る方が多くいらっしゃいます。阿弥陀如来の真下でいつも守られているような安心感があるのでしょうね。

また、このご縁は亡き人だけに頂いたものではないということも覚えておかねばならないでしょう。遺族からお骨が離れたからといって「やれやれ」とか「役が終わった」とか思ってはいないでしょうか。
納骨をして頂いたことにより、ご遺族の皆さんにも別院に立ち寄って手を合わせるきっかけを賜ったということもあるでしょう。
心を落ち着かせて、自分を見つめることのできるいい場所です。
どなた様もお気軽に別院にいらして下さい。
posted by 高須別院 at 11:57| 岐阜 曇り| Comment(2) | 今日のごぼさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月07日

映画「おくりびと」を観て

先日、母親と共通の知人を誘って、映画「おくりびと」のレイトショーを近くの映画館まで観に行きました。
この映画、巷で大ヒットしているらしいですね。テレビのワイドショーなんかを見ていたら、特集が組まれていることもありました。ハリーポッターのような前評判からのヒットよりも、今回のそれは、観客のリピートや、熱い口コミで広がったように思います。それだけ皆さんの心を揺する、何かがあるに違いありません。

ところでこの映画は「納棺師」のお話です。
納棺をする師・・・なのですから、読んで字の如く、遺体を棺に収めるまでの仕事をする人を指した言葉です。

若くして自殺した子もいれば、長生きした老人が対象になったり。
皆に見守られながら亡くなった人もいれば、独り寂しく死んでいった人も実に様々です。

そういったご遺体を通して出逢う、人々のいろいろな思いに触れ、納棺師という仕事に徐々に誇りを持つようになっていく主人公には俳優の本木雅弘さんが選ばれています。
そしてその夫を支える妻には広末涼子さん。仕事から帰ってきた夫に「触らないで!汚らわしい!」と思わず言ってしまうところには、やはり我々が持つ死への恐怖や、忌み嫌うものと捉えてしまう思いが素直に出ている印象を受けました。

インターネットに寄せられている多くの観客の感想を拝見すると、やはり涙を誘われる美しい情景や、悲しい場面が印象に残ったと投稿されています。確かに。本木さんの流れるような美しい納棺の手さばきも、見るものをうっとりさせるほどでした。確かに、あんな素敵な納棺師さんがいたらお願いしたいなぁ・・・なんて思うくらいです。

しかしそういった場面も然ることながら、私個人としては「食べる」場面が非常に印象に残りました。
干し柿を食べたり、大きな白子を頬張ったり、クリスマスにはフライドチキンをムシャムシャと頬張ったり、何かと強調されて登場します。チキンの時なんて、不自然なくらい、スクリーンいっぱいにチキンの山と、それを食べ終えた骨だけのチキンの山とが映し出されます。

皆さん、監督はここで何を表現したかったんだと思いますか?

きっと死と隣り合わせにある「生」の場面を強調させたかったのではないでしょうか。
しかも「生」とは言え、生き物に食べられているものは皆命を落とされたものばかり。
我々は生き物を殺して食べていく道でしか、生きていけない生き物なのだということなんでしょうね。とても皮肉な話です。

山崎努さん演じる、会社の社長が言います。

「困ったことに、旨いんだな、これが」


ピンピンしているうちの自分には、死なんて関係ないなんて思っていませんか?

自分は死んでいなくとも、どれだけの死体を私たちは常日頃から口にしていると思いますか?

こういうことにハッと気づいた時の感覚を、どうか大事にしてくださいね。私たちは死を恐れて、死を食べています。1つ1つの命が大事なんだと思えてきたら、食事を残したりすることが申し訳なく思えてきます。だから、食べ物を粗末にしては絶対なりません。

またこの作品ですが、私は観る前からある1人の作家さんのことが脳裏を掠め、映画と関係あるのかないのかと思っていましたら、な〜んかあるようなんです。定かではないですが。(※公にはノンフィクションと言われています)

青木新門と仰る作家さんです。
この方には以前、大垣教区仏教公開講座に講師としてご出向頂きました。この方本人も、映画の主人公・大吾同様、納棺を生業として生活をしてこられた方です。納棺夫としての日常を綴った「納棺夫日記」は、作家になりたかったからではなく、仲間である社員に読んでもらえたら・・・という思いから作られたそうです。しかしそれがたちまちベストセラーに!納棺という、世間一般にあまり知られていない仕事であり、尚且つ人間の生死に真正面から出逢うことの多い彼だからこそ書ける文章が、皆さんをグッと引き寄せたのでしょう。
(大垣別院仏教公開講座に皆様どうぞ足をお運び下さい。
今年のスケジュールはこちら

私は当時残念ながら都合が悪くお話を伺えませんでしたが、私の父親がその折にちょうど聴聞をしており、先生本人よりその本を購入しました。父に本を借りて読んだのが、この「納棺夫日記」との出会いであり、納棺夫という職業があることを知ったきっかけになりました。

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▲青木新門『納棺夫日記』(文春文庫/増補改訂版)

またこの他に、私が持っていた以下の本の中にも「納棺夫のいのち観」と題し、先生がお書きになった部分がございます。

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▲田代俊孝 編著『人間を観る』(法蔵館)


この本を映画の前・後に読めば、さらに理解や思いが深まること間違いなし。
これを機に、いのちの大切さについてもう一度考えてみませんか。

また、故人を偲び、亡き人より教えを頂く大事な時である「別れの時」のあり方もご一緒に考えていきましょう。
最近は特に一層、業者任せにして、無味乾燥なままに通夜や葬儀が終わっていくような例が増えたような気がして、言われようのない寂しさを覚えます。「ありがとう、さようなら」と気持ちを込めて、家族・親戚や知り合いの皆さんで作り上げる式にできるといいですね。

葬儀のあり方についても、後日別の記事で思っていることを書いてみようと思います。
posted by 高須別院 at 01:00| 岐阜 曇り| Comment(0) | つぶやき・感話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月27日

神祇不拝(1)

今年の夏休み、スペイン人の友達が3人日本を訪れてくれたので、土日のお休みに一緒に奈良と広島へ旅行に出かけました。

スペインから見れば、地球の裏側に位置する日本は彼女らにしてみればまるで別世界のようで、来日前にはどんなところなのか想像もつかないといった様子でした。どこへ行っても目をキラキラ輝かせてしきりに写真を撮っています。

初日に行った奈良には、特に神社・寺院と歴史ある仏閣が多く残る場所。友達の3人もガイドブックを片手に、前々から行きたい場所をチェックしているようで、奈良公園にある東大寺や春日大社へは行ってみたいと前から言っていましたので、真っ先に行くことにしました。

鹿や、大きな大仏に彼女達は「わー」「すごい」の連発。暑い日で、日陰もない公園内を汗をかきながら歩きました。木造で瓦のある日本の建造物は、スペインでは見られないので、どれを見ても珍しく映るのでしょう。

ところで彼女達にとっては「寺院」と「神社」の区別がうまくつかなかったようです。東大寺に着いては「これはお寺?神社?」と訊き、春日大社に着いても「これは神社?お寺?」と訊き・・・、建物の外観だけでは、もしかすると我々日本人でさえ見間違うかもしれませんね。

神社でもお寺でも「おみくじ」がありました。特に彼女たちの目を奪ったのは、たくさんの木の枝に括りつけられたおみくじの紙の数々。「あれは何なの!?」と。説明する為に私も試しに1枚買って、彼女達に見せてあげましたが、おみくじ自体にはあまり興味がなかったようです。なぜかと言うと「よくないことが書いてあったら怖いじゃない」とのこと。「そんなお触れにハラハラしていたくない」とか。なるほどね。

占いやおみくじが好きな日本人と言われます。皆さんはどうですか?
私は普段おみくじを買いませんが、友達の付き合いや遊びで買うことならたまにあります。書いてあることには「ふぅ〜ん」と目を通し、その後はすっかり書いてあったことを忘れてしまいますが、人によってはおみくじの内容をちゃんと覚えていて、「あれはしちゃだめ」「これをした方がいい」と指示に従って生活する人もいるようですね。でも、どれだけおみくじって信憑性があるのでしょう?当たっていることもあれば、当たっていないこともある。結局は万人に合うようにできているんじゃないの?と思ってしまいます。

先日、世界的に有名と言われるある外国人予言者が「東海地方に9月13日に大地震が起こる」と言ったことで、小学生を始めとして多くの人がそれを信じ、防災グッズを買って地震に備えていたそうです。私の周りでもそんな声をたくさん聞きました。しかし、約束の日がきても大地震はきませんでした。多くの人が胸をホッと撫で下ろしたことでしょう。
もっとも、大事なのはこの「備えあれば憂いなし」の状態をいつでも保っていることですが。予言が当たらなかったからもう地震は来ない、なんてことは無いのですからね。

やっぱり、おみくじも、有名と言われる予言者でさえも計り知れない未来なのです。
誰にも分からないのですよ。
そんな世界を我々は生きています。

誰だって不幸は起きて欲しくないものです。だからお寺や神社に行ってお願いをする人は多いですね。また、神社やお寺はそういった我々のお願いを聞いてくれる所だとも思っている人が大半ではないでしょうか。
でも、お願いをしたからといって必ず願いが叶うと皆さんは信じていますか?

「事故も病気もせず、みんな長生きできますように」

そう願っても、誰かいつかは必ず死ぬということなんて皆分かっているはずなのに。

願っていたことがその通りになれば、「神様は本当にいる!」と思うし
願って願ってお参りお祈りたくさんしたのに叶わなければ「神様なんていないんだ!」と、コロリと気持ちが変わってしまう我々です。本当に妙ですね。どこまで行っても、自分中心でしか物が見れない、哀れで愚かな生き物であるということを気付かされます。何とも恥ずかしいことです。

実は、そういうことに真正面からぶつかっていかれたのが、親鸞聖人であったと伺っています。
親鸞聖人は、どんなにお願い事をしても、どんなに理想を追い求めても、全ては縁起によるしかないんだ、それよりも目の前にある真実をちゃんと受け止め、自分の今ある状態を見つめ、よくよく考えることが大事ではないかという結論に達したようです。それは、この世に生きとし生けるもの全てが、阿弥陀仏によって往生できるという大前提に立っているから。

なのに、嫌なことからは目を背け、良い方良い方にしか目を向けようとしない傾向にある私たち。

葬式は不幸で汚らわしいものだと思ってしまう。
老いるのは嫌で、いつまでも若くありたい。

・・・そう思ったことはありませんか?

(ものは見方です。年々増えていくしわだって、チャームポイントになるかもしれませんよ。(笑)経験もどんどん増え、人生がずっと豊かになっていきます。素敵に年を重ねたいものです。)

親鸞聖人は、「この真実に気付くきっかけになるのなら、神社やお寺に参って、お願い事をするのも方便になるでしょう」と仰っています。

お願い事をしても「ああ、叶わなかった」となった時、では何を拠り所としていったらいいのか考えた時に、真宗に帰るきっかけができるのでしょうね。自分の希望ばかりを通すのでなく、まずは今の自分の置かれた場所をじっくり見据えよ、それに気付いてくださいよということでしょう。

そういう教えだから、比較的真宗は自由な生活スタイルが出来上がっています。しかし真宗の寺院は「お願いを聞いてもらうところでない」というところだけはしっかりと貫いています。それはお寺が「阿弥陀仏の願いを我々が聞きにいくところ」だからです。こういう理由から、真宗寺院ではおみくじやお守りを一切売っていません。

私が大学生の頃、友人が「浄土真宗では、神社にお参りしてもいいのよね。神社もお寺も皆仲良くってことなのかしら」と言っていたのを聞いて、「うん・・・(?)」としか答えられなかったことがありました。本当にそうなのか、分からなかったからです。また、仏壇の上辺りに神棚が設置されている家も多くありますね。一見すると「んん?」と思いますが、神道と仏教とに密接に関わる文化の中で日本があったからでしょう。

その後、真宗には「神祇不拝」という言葉があるということを知りました。端的に言えば、「神社には拝まない(お願い事をしない)」ということになりましょう。神にも仏にもお参りするのがよい、ということではないようです。

ただ、注意しなければいけないのは排他的になってはいけないということです。真宗が正しくて、他の教えは間違いだとか、劣っているということは口にしてはなりません。こんなに広い世界で大勢の生き物が共生している世ですから、いろんな教えがあって然ることです。お互い尊重しあわねばなりません。

それから、神社には行くなと申しているわけでもありません。付き合いもあるでしょうから全く行かないわけにもいかないでしょう。ただ、真宗門徒の方はそういう折に、ふっと、この聖人の「神祇不拝」に対する思いを思い出し、その都度真宗の教えに立ち返って頂けたらということです。

次の記事では、親鸞聖人が実際そのことに触れているお聖教がありますので、それを紹介いたします。
長々と書いてごめんなさい。

釋尼紫文
posted by 高須別院 at 14:12| 岐阜 雨| Comment(0) | 法話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月24日

別院名物ぎんなんを食らう

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▲別院で採れたぎんなん

・・・なんて勝手に『名物』呼ばわりしていますが、別院のシンボルがイチョウの木なら、そこから生まれるぎんなんだって準シンボルじゃないか!ということで。(笑)

早速、先日境内で収穫した(というか拾った?)ぎんなんを自宅で食べてみました。

調理法は至って簡単!
先日も書いた通り、殻つきのぎんなんを紙の上に敷いて、上から塩を振り、それらをくるんでレンジでチン!
そうすると1分もしないうちに殻が割れる音がパチンパチンと聞こえてきます。レンジから取り出してできあがり。殻も割れているので、簡単に中の実を取り出すことが出来るのです。手の込んだ料理よりもずっと熱々ホカホカで美味しい、まさに素材を味わう食べ方と言えるでしょう。

で、見てみると・・・!!!

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▲この通り!

やはり緑色したぎんなんでした。

つやもあって、まるでその光沢はぴかぴか(新しい)宝石ぴかぴか(新しい)のようです。

たいてい茶碗蒸し等で見かけるような一般的ぎんなんのイメージって、どなたに聞いてみても黄色のはず。緑色はやはりこの稲沢・祖父江一帯だけなんでしょうかねぇ。
だとしたら、結構レアなんじゃないの!?と思ってみたり。

外の皮に弾力があり、ぎゅっと突っ張るところに噛み応えがあって、癖になります。味自体には全く癖も臭みも無いし、言い過ぎとかおべっかとか無しに、正直に言って

かなり美味しいです。


ぎんなんは食べ過ぎるとよくないと言われますが、これならおつまみ代わりにパクパク食べてしまいそうで怖くもなります。話を聞いていると、ぎんなん嫌いの人が世間には多くいるように感じられますが、う〜ん、こんなに美味しいぎんなんを口にできないのは何ともかわいそう!

高須別院の境内でこんなに美味しいぎんなんが採れるとは、今まで知りませんでした。いや〜すごい発見をしたなぁ。
posted by 高須別院 at 01:02| 岐阜 雨| Comment(0) | 今日のごぼさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

大谷婦人会追弔会

今年の大谷婦人会追弔会は、大雨の中のお参りとなりました。
雨が上がった後も蒸し暑く、参拝者の方々も大変ご苦労なことでございました。有難うございました。

本日の御法話は、大谷婦人会本部事務局より内田文雄師にご出向頂きました。法語と共に、物の名前の語源についてもいくらか教わり、「へぇ〜そうだったのか!」と思われる場面が多くありました。お寿司屋さんの言うところの「シャリ」は仏舎利(お釈迦様のご遺骨)からきているということ、よく言われる「おぶくさん」は「お仏供さん」と書き表せられることなど。ちょっと賢くなって各々ご自宅へ戻られたことと思います(笑)。

また、お昼には内田先生のご希望で、特別に毛仏さんをご覧頂きましたが、参拝者の皆様の中にもひょっとして見たことのない方がおられたら・・・と思い、お声をかけてみると、たくさんの方にお集まり頂き、ご覧頂くことができました。中には「女性の髪で出来ているとは聞いていたが、こんな仏像の形にまとまっているとは思っていなかった、もっと髪だけでできていると思った」などというご感想も頂きました。髪を膠(にかわ)のようなもので固めてあるようですね。持ってみると、意外とずっしりしているものなんですよ。

毛仏さんをきっかけにして、昔の別院の姿に思いを馳せる方もおみえになり、皆様から大変興味深いお話を頂きました。それを元に今後も我々が先達の思いを引き継いで後世に残していかなければいけない、根絶やしにしてはいけないなという気持ちを新たにしたことです。

特に若い者にとっては、昔の別院の姿も然ることながら、昔の暮らしについてはとんと無知です。ですから、たまにこうして年配の方から昔の話を聞くと新鮮に写ることがいくつもあり、便利になって嬉しく思う反面、大切にしてきた伝統や慣習が廃れて消えていく現代に悲しみを覚えることもあります。

兎にも角にも、こういったことは先代の方々にお話を伺わなければ何も分かりません。先輩達に私個人としても是非お願いしたいのは、これからも昔の話を後輩である若者によくよく伝えて頂きたいということです。先達の思いをよく知らずして、伝統を簡単に自己都合で潰してしまうのはとても悲しいことです。どうか、よろしくお願いします。

さて大谷婦人会主催ということで、今日は女性のみでいっぱいだった本堂にも、明日からは男性参拝客の姿も多く見かけられることでしょう。
明日・明後日は秋季永代経が勤まります。また多くの皆さんに足を運んでいただけますように。お待ちしております。
posted by 高須別院 at 23:30| 岐阜 雨| Comment(0) | 法要・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

ぎんなんころころ

高須別院の境内を見渡すと、一際大きくそびえ立っているのがイチョウの木です。夏には青々と茂っていたのが、最近また変わった風景が見られるようになりました。

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何だかお分かりになりましたか???

そう、「ぎんなん」が落ちてくる季節なのです。
久しぶりに今朝別院へ来てみると、イチョウの木の下、辺り一面オレンジ色のものが落ちているのに気がつきました。「おや?」と思って近寄ると、その正体はなんとぎんなんでした。
でも、皆さん、ぎんなんって木に実際にどうなっているか、見られたことありますか?

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▲中にはおなじみのぎんなんが

さくらんぼがちょっと大きくなったくらいの、橙色した実が、木からポトン、ポトンと落ちてくるんです。しかしこのままでは、いつもよく見るぎんなんとは違いますね。ポイントはその次、その実を潰して中を見てみるのです。すると中から現れるのは、あの硬い殻に守られたぎんなん!つまり、さくらんぼに例えるなら、私達はさくらんぼの種を見て「ぎんなん」と思い、その硬い種を割って、中の実を食べていたんですね。

「な〜んだ、そんなの前から知ってるよ!」と言う方がいらっしゃれば、失礼しました!でもぎんなんを直接拾って、食べるという体験した人も少ないんじゃないかな〜と思うのです。

別院会計の河合さんに聞いたところ、「もう4,5日前からあの状態だよ」とのこと。今日も昼になると近所の方でしょうか、何人かぎんなんを拾いにみえました。境内に入るところにたくさん落ちているので、どうしても歩くと潰してしまうのが煩わしく掃除してしまいたいのですが、でもできるなら食べて処分したいもの。

・・・ということで!午後から別院の用務でお世話になっている一子さんや田中さん、私の母で、せっせとぎんなんの皮むきを始めました。直接触ると肌が荒れるということで、ビニール手袋をしての作業です。

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▲おしゃべりも弾みます

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▲おなじみ一子さん。フォトジェニック賞です(笑

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▲こんなに採れました

家に帰って、母は早速殻のついたままのぎんなんをよく水洗いし、上から塩を振って、紙に包んだままレンジでチン!したところ、大変美味しく食べることができたそうです。殻が弾けているので取り出しやすくオススメです。

なお!ぎんなんの色は一般的に知られている黄色とは違って、黄緑色とのこと。どうも稲沢・祖父江辺りの有名なぎんなん同様、この地域独特のスペシャルぎんなんが採れるようですよ。

ということですので、皆さんも「ぎんなん」拾いに来て下さいね!
待ってまーす手(パー)

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posted by 高須別院 at 19:24| 岐阜 晴れ| Comment(2) | 今日のごぼさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月24日

スペイン旅客機墜落事故のこと

先日20日の昼過ぎに起こったスペイン・マドリッドバラハス空港でのJK5022の飛行機事故。日本でもメディアで取り上げられました。

私が最初に知ったのは、奇しくも翌日の昼のこと。会社内に流れる正午のNHKのラジオニュースでした。100人以上の死者がどうのこうの・・・というので耳を疑いましたが、周りの人に訊くと「昨日ね、あったんだよ」と。慌ててインターネットでニュースを見たら、本当でした。遠い日本にいても胸が痛くなりました。

というのも、私自身が特別スペインに思いを寄せているからです。
1年前の正しく今頃、私はスペインのマドリッドに住んでいました。

家に帰ってから、事故の経緯をスペインのメディアサイトでいろいろ読んでみました。スパンエア(Spanair)という航空会社の旅客機が、離陸直後にモータ部分から出火、そのままバランスを崩して滑走路近くに墜落、炎上して、死者154人、負傷者は18人、うち2人が重体という大惨事を引き起こしたということでした。(8月24日現在)

乗客と乗組員合わせて172名を、カナリア諸島にあるグランカナリア島のラス・パルマス・デ・グラン・カナリアという街に向かって飛ぶ予定のものだったそうです。カナリア諸島と言えば、スペイン国民にとってはバカンスのために訪れる観光地、日本で言えば羽田→沖縄の飛行機のようなものです。8月も終盤に迫っているとはいえ、バカンスに出かけるお客さんもいっぱいだったに違いないと思うのです。

昨夜、バルセロナに住むスペイン人の友達と、パソコンでチャット(お喋り)をした時も、その事故の話になり、私に少しでしたが様子を伝えてくれました。

「すごい事故だったよ、こっちでも大変なニュースになってる。

飛行機に乗り合わせて亡くなった内の1人は、FCバルセロナ サッカーチームの元選手の娘だったそうだよ。

首都のマドリッドだけでなく、それぞれ異なった地域から人が来て乗っていたんだって。

スペイン全土が悲しんでる。

だからこないだ、それを受けて私達もバルセロナで5分間の黙祷を捧げたんだよ。」


と。何とも悲痛な気持ちです。
大惨事、出来ることなら巻き込まれたくないけれど、前から事故が起こるなどと知り得ていたら誰も乗らない話です。
・・・ということは誰にでもこういった事故に直面する可能性があるということ。ただそういった縁に「遇う」か、「遇わない」かだけの違いです。

正直なところ、私の心の中にもどこかで「あ〜、私が乗ってる時じゃなくてよかった!」と思っているところがあるような気がします。誰にだって少しはあるんじゃないでしょうか。

しかし、明日は明日の風が吹く。
今後のことはどうなるか誰にも分かりません。
「朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身」の私達、どうしようもなかった不慮の事故はともかく、自分が引き起こす分だけでもゼロにできるように努めたいものです。他所のニュースも明日はわが身!皆で気をつけましょう。
そして、いつ死ぬか分からない自分だからこそ、今を精一杯生きていきたいものです。

そんなことを、今回の飛行機事故で思いました。
(安田)
posted by 高須別院 at 15:00| 岐阜 曇り| Comment(0) | つぶやき・感話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月11日

第18組 同朋小学生一日研修

8月11日(月)にここ高須別院にて開かれた、大垣教区第18組同朋小学生一日研修の模様についてお伝えします。

まず「18組」というのは海津市海津町内28ヶ寺で構成されたグループのこと。この大垣教区内には18のグループがあり、海津市内には16組、17組、そして18組があります。今日はその18組の地域内に住む小学校3年生から6年生の小学生が対象となり、およそ35人の子ども達が集まってくれました。スタッフは18組の寺院内から選出された、教化委員の皆さんです。

●開会式 10:00
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▲正信偈・同朋奉賛でのお勤め、組長の挨拶

組長の挨拶では、今回の御遠忌テーマ「今、いのちがあなたを生きている」を紹介し、「今日1日このことを頭の中に置きながら一緒に過ごしていきましょう」と話されました。


●讃歌指導 10:40
常休寺坊守 黒田路子さん指導の下、3曲を歌いました。
三帰依文(パーリ文)、真宗宗歌、恩徳讃の3つです。どの子も大きく口を開けて、のびのびと歌えていたので先生からもお褒めの言葉が次々と出てきます。「気持ちを込めて」「おしりの穴をきゅっとしめて」「音の強弱をつける」などに注意しながら歌いました。


●正信偈指導 11:10
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▲皆で読みます

土方翔太君による“キン”(鐘のこと)で正信偈を読みます。
少しずつパートで区切って、子ども達からの質問を受けました。
田舎節がすこ〜し聞こえてきた感もありましたが、しっかり読めているところは日頃から読み込んでいる様子が伺えました。


●別院内参観 11:40
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▲本尊 阿弥陀如来の説明を受ける子ども達

18組同小研 (6).JPGいつもは入れない内陣に上がって、本尊を始めとする祖師前(親鸞聖人)、御代前(蓮如上人)、そして余間に収めてある毛仏さんのお話を、正念寺住職・高須別院列座の森山さんより伺いました。最後は本堂の裏へ回り、1人ずつ喚鐘(法要を知らせる為に打たれる小さな鐘)を鳴らして終了です。大きく甲高い鐘の音が耳にビンビン響いてくるので、何人かの子は目を丸くして耳を塞いで順番を待っていました。


●昼食 12:00
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▲「いただきます」「ごちそうさま」の挨拶をちゃんとします

食事中、ここで突然、願信寺住職 北條さんが「ちょっとおじさんの話を聞いてくれ〜」と。
「おじさんが子どもの頃は、戦争に行く兵隊さんに食べ物を出さないといけなかったから、僕らはな〜んも食べるもんがなかった!なかったで、そこらへんの川や池で友達やお兄さん達と一緒に魚釣りをしたり、イナゴをとっ捕まえてきては食べたりしたもんや。みんなイナゴなんて食べたことないやろ?」と、ご自身の子どもの頃を振り返って、今とは全然違う食生活の話を子ども達に話して聞かせてくれました。


●手品指導 12:40
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▲手品の実演と練習

昼からはお楽しみのコーナーが目白押しです。
まずは皆得寺住職 鈴木暎芳さんによる手品ショー!最後には皆にもできる種も仕掛けも「ある」手品を伝授、皆で実際にやりながら覚えました。


●ゲーム 13:10
ゲームの進行は榮通寺若院 黒田朋見さんです。新聞紙や広告チラシなど、家庭でも簡単に遊べるゲームを紹介してくださいました。1つは、チラシを破いて行う班対抗パズル、そしてもう1つは三人一組になって行った新聞折りたたみジャンケンでした。5班と6班が1人ずつ足りなかったので、私 安田と森山さんがそれぞれ入って競いました。
やっぱり子どもですね、遊んでいる時が一番イキイキしています。


●紙芝居 13:50
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▲「もくれんさん」の始まり、始まり〜

北條さんの手作り紙芝居「もくれんさん」の上演です。
この紙芝居、ただの紙芝居でなく、なんと1枚1枚が「切り絵」になっているというから驚きです。スタッフも一同、その見事な出来映えに「ほぉ〜」と見とれてしまいました。写真で上手に撮れなかったのが残念です。

「もくれんさん」のお話は、お盆(正確には盂蘭盆会と言われます)の起こりとも言われているお話で、お釈迦様のお弟子さんであった彼が、死んだお母さんを訪ねるお話です。天にいると思っていたお母さんが実は餓鬼道にいたことから、お母さんの本当の姿というものをお釈迦様によって教えられます。そしてお母さんを餓鬼道から天へと移してあげたいと思ったもくれんさんは・・・(略)

皆静かに最後までよく見てくれました。


●掃除 14:20
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▲みんなで「楽しく」掃除が出来ました

ここ数十年と続けてやっているこの研修ですが、今年から新たに加えてみたこと、それがこの「掃除」だそうです。1日お世話になった高須別院の下陣外の縁側をみんなで雑巾をかけました。風にさらされ、土ぼこりがよく溜まるところなので、すぐ汚くなって別院側も困っている箇所でした。皆で雑巾がけをすると、すぐに白かった雑巾が真っ黒になり、何度バケツの水を替えてもすぐまた替えに行くというくらいのひどさ。私も苦笑いです。しかし子ども達にとってはそれもまた「やりがい」だったようで、何度も何度も拭いてくれました。また、たくさんの子が「楽しいわーい(嬉しい顔)!」と言いながら体を動かしてくれました。楽しみながら掃除が出来るなんて、こんなに嬉しいことはありません。皆のお陰で一気に綺麗な縁側になりました。どうもありがとう。


●閉会式
最後には記念品のタオルを渡しておしまいです。組長さんが今朝の開会式でお話されたことをもう一度お話されました。

「自分の産んだ赤ちゃんに会って、初めてかける言葉は何でしょう?」というお母さんへのアンケートがあり、1位が「ありがとうね」だったそうです。「おうちに帰ったらきいてごらん?お母さん、僕・私が生まれてきた時、初めに何って言ったの?って」と組長。決して自分ひとりだけのいのちじゃないんだよ、というメッセージを添えて今年の研修が終わりました。

また来年も多くの子ども達に会えますように!
今後もたくさんの参加をお待ち申し上げております。
posted by 高須別院 at 20:00| 岐阜 曇り| Comment(0) | 今日のごぼさん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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